高次脳機能障害に関する注意点
第1 はじめに
交通事故の被害者が、記憶力の低下、注意力・集中力の低下、感情や行動の障害により、一見外見上は大きな問題がなさそうであるにもかかわらず、生活や就労に支障をきたしていることがあります。このような症状が発覚した場合、それが「脳外傷(脳の器質的病変)による高次脳機能障害(精神障害)」(以下、「高次脳機能障害」と言います。)にあたるどうかが争われることが多々あります。
そこで、本稿では、近時における高次脳機能障害の認定について裁判例を踏まえて説明します。
第2 高次脳機能障害について[1]
典型的な症状としては、認知障害・行動障害・人格変化などが挙げられますが、他にも様々な症状が現れます(様々な症状の具体例についてはこちらhttps://kawanishiikeda-law-jiko.com/higherbraindysfunction/)。
1 認知障害とは、記憶障害(新しいことを覚えられない)や注意障害(気が散りやすい)、遂行機能障害(行動を計画して実行することができない)などです。
2 行動障害とは、周囲の状況に合わせた適切な行動がとれなかったり、複数のことを同時に処理できなかったり、社会のマナーやルールを守れないなどです。
3 人格変化の例としては、自発的だったのがそうでなくなったり、怒りやすくなったり、自己中心的になったりするなどが挙げられます。
第3 高次脳機能障害の認定
1 認定を受けるための手続について
高次脳機能障害の症状が完全に回復せず、症状固定となってしまった場合、主治医に症状固定時点における残存症状を「自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書」に書いてもらい、これを添えて後遺障害等級申請をすることになります。
申請の手続きは、加害者側の任意保険会社に全て任せる(これを「事前認定手続」といいます。)こともできますが、任意保険会社に任せずに被害者自らが資料を揃えて申請手続を行う(これを「被害者請求」といいます。)ことをお勧めします。なぜならば、被害者請求の方が高次脳機能障害に関する根拠資料を十分に提出することができ、被害者にとって納得のいく等級認定が得られる可能性が高まるからです(事前認定手続と被害者請求に関して詳しく知りたい方はこちらhttps://kawanishiikeda-law-jiko.com/54321-2/)。
2 損害保険料率算出機構による認定について
⑴ 被害者請求の申請先は、加害者の自賠責保険会社となります。もっとも、実際に認定を行うのは、自賠責保険会社から依頼を受けた損害保険料率算出機構の自賠責保険審査会(高次脳機能障害専門部会)です。その際の認定要件は、以下の①~④とされているところ、詳細については下図をご覧ください。

⑵ 外傷による高次脳機能障害は、別表第1の第1級1号又は第2級1号、別表第2の第3級3号、第5級2号、第7級4号、第9級10号のいずれかで評価されます[2](等級毎の後遺症慰謝料額について知りたい方は、こちらhttps://kawanishiikeda-law-jiko.com/grade/)。
⑶ 損害保険料算出機構が行った等級認定に対して、被害者や加害者が不満を抱いている場合(不認定あるいは認定されたものの認定等級に納得いかない場合等)には、訴訟が提起されることがあります。その際、裁判所は高次脳機能障害の認定を行います。
3 裁判所の認定について
近時の裁判例では、上述した認定要件①~④のうち、②意識障害と③画像所見が重視されているのかもしれません。それゆえ、交通事故の被害にあった場合で高次脳機能障害が疑われるときは、できるだけ早期に専門医の診察を受け、医学的な証拠を積み重ねておく必要があると思われます。後述するとおり、高次脳機能障害については、損害保険料率算定機構の認定ですら、裁判所において覆され、認定落ちすることがあるからです。また、被害者の家族等が事故時や事故後数時間経過した時点における被害者の様子を動画で撮影しておくと、意識障害が有ったことを立証する際に役立つかもしれません。
第4 裁判例の紹介
損害保険料率算定機構の認定に従う裁判例も多いのですが、こと高次脳機能障害については、裁判所で認定落ちすることがまま見受けられます。そこで、以下では、近時の裁判例のうち、裁判所の行った等級認定が損害保険料算出機構の行った等級認定より落ちた事案を紹介するとともに、そのような判断がされたポイントはどこにあったのかについても検討します。
1 裁判例①について
「意識障害の継続」、「画像所見」、「神経学的検査」、「退院後の症状」の観点から、高次脳機能障害が残存しているかどうかを判断しています。
また、医師作成の後遺障害診断書について「原告の妻の説明内容に依拠していると認められることからすれば、原告の後遺障害の程度を判断するに当たっては、その信用性は慎重に吟味する必要がある」と述べており、裁判所が被害者の身内の発言について慎重に取り扱おうとする姿勢が伺えます。その姿勢が影響し、損害保険料率算出機構が3級3号を認定していたのに対し、裁判所は7級4号を認定しています。
2 裁判例②について
高次脳機能障害の典型的な症状である「性格の変化」が認められるかどうかについて、被害者の家族が作成した日常生活状況報告書の客観的な裏付けはないとしたうえで、過去の行動歴についても検討しています。裁判例①と同様に、裁判所の慎重な姿勢が伺えるところ、損害保険料率算出機構が5級2号を認定していたのに対し、裁判所は7級4号を認定しています。
| 損害保険料率算出機構の認定 | 裁判所の認定 | 裁判所の認定理由 | |
| ①福岡地判令和5年3月29日(逸失利益:5129万円・後遺障害慰謝料:1000万円*過失相殺前) | 3級3号 | 7級4号 | ⑴高次脳機能障害の残存の有無 「原告は、本件事故直後にA病院に搬送された時点で、重度の意識障害があったといえ、外傷後健忘が約6時間持続し、本件事故の5日後に意識清明となったとされていることなど、重度ないし中等度の意識障害が一定の時間継続したということができる。(認定要件②「意識障害」に対応) また、原告には、A病院入院中からびまん性軸索損傷を示唆する画像所見が認められ、A病院精神科リエゾンチームの担当医も、びまん性軸索損傷があることから、認知機能低下や性格変化など何らかの後遺症が残る可能性を示唆している。(認定要件③「画像所見」に対応) さらに、平成29年12月末に実施された各種神経学的検査の結果、MMSE、TMT及びFABは正常範囲内であったものの、三宅式記銘力検査の結果は…著しく不良であり、原告が元々覚えることが苦手であると述べていたことを踏まえても、頭部外傷に起因する記銘力低下がうかがわれる。 加えて、退院後の平成31年1月24日の時点でも、A病院脳神経外科の担当医は、同日時点の原告の症状(性格の変化、物忘れ、電車に乗ることができないなど)は左前頭葉のびまん性軸索損傷による症状で矛盾しないと評価している。(認定要件①「症状の残存」に対応) …以上の事実によれば、原告には、本件事故による後遺障害として、脳外傷による高次脳機能障害が残存しており、令和元年7月19日に症状固定となったと認めることができる。」 ⑵高次脳機能障害の程度 「上記後遺障害認定が依拠した、P3医師作成の本件後遺障害診断書及び令和元年7月19日付け『神経系統の障害に関する医学的意見』については、証拠(略)によれば、P3医師は、受傷から約1年6ヶ月後の令和元年3月8日に原告を初診し、その後に原告を診察したのは同年4月19日のみであり、その所見は、主として原告の妻の説明内容に依拠していると認められることからすれば、原告の後遺障害の程度を判断するに当たっては、その信用性は慎重に吟味する必要がある。そこで検討するに、原告は、bセンターにおいては指示に従ってリハビリを遂行できており、…症状固定診断後、歩行や階段昇降、携帯電話による通話なども含め、日常生活における基本的な身の回りの動作を自立して行っており、自動車の運転や高所における作業も行うこともできていたのであるから、一定程度の意思疎通能力、社会行動能力や遂行能力は有しているものといえる。また、原告は、bセンター通院中から、仕事を再開しており、症状固定診断がされた令和元年7月の時点で、仕事も増えてきていたというのであるし、本件事故前に原告が「d」の屋号で営んでいた型枠解体業は、本件事故後も本件事故前と遜色ない程度の収入を得ており、これが原告の妻の独力によるものであるとは考え難いことからすれば、原告が終身労務に服することができないとは認め難い。」「以上に加えて、本件事故後の原告の入通院中の状況や日常生活の状況等を総合すれば、原告の後遺障害の程度は、全体として「神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの」として、7級4号に該当する」 |
| ②大阪地判令和4年11月18日(逸失利益:5301万円・後遺障害慰謝料:1220万円*過失相殺前) | 5級2号 | 7級4号 | 「原告P2には本件事故前に日常活動上の問題や問題行動が全くなかったにもかかわらず、本件事故後には、周囲の直接的な手助けがなければ起床・就寝時間を守ることや日課にしたがった行動をすることなどができず、周囲の手助けによっても必要書類の作成や財布等の貴重品の管理ができないなどの日常活動上の支障のほか、「ムッとする、怒る、イライラなどの表情や態度」がほぼ毎日みられるなどの…日常生活上の変化があった(認定要件①「症状の残存」に関する原告側の主張)という点は、母親(P8)がそのように申告しているだけで客観的な裏付けがあるものではない。そして、原告P2は「小学校高学年~中学時代は、友人に手を出してトラブルになり、親が謝りに行くようなこともしばしばあった」ほか、中学卒業後に就職するも仕事が長続きせずに職を転々としていたというのであり、…原告P2には本件事故以前から易怒性などの問題行動等があった可能性が否定できない。 「そうすると、上記日常生活状況報告をもって、本件事故の前後で原告P2の生活状況に大きな変化が生じたと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はないし、本件事故前と同様に足場工として就労していると窺われる原告P2につき、社会行動能力が相当程度に喪失していると評価することもできない。したがって、原告P2の高次脳機能障害の後遺障害が後遺障害等級5級2号に該当する旨の自賠責保険の後遺障害等級認定は、その前提を誤ったものとして採用できないというべきであり、原告P2の高次脳機能障害が、後遺障害等級7級4号を上回るものであると認めるには足りない。」 |
第5 終わりに
高次脳機能障害の認定に関しては、損害保険料率算出機構と裁判所の認定が必ずしも一致するわけではありません。裁判所の認定は、医学的検査結果や事故前からの行動歴を厳密に検討したうえでより慎重な認定を行う傾向がある一方、損害保険料率算出機構の認定は裁判所の判断よりも緩やかです。
それゆえ、損害保険料率算出機構の認定が得られた段階で和解を検討することが、被害者やご家族にとって有利に働く場合もあることを認識しておくべきでしょう。
以上
[1] 「交通事故医療法入門」小賀野晶一、古笛恵子(編) P.193参照
[2] 「交通事故医療法入門」小賀野晶一、古笛恵子(編) P.192参照



