人身事故・危険運転・信号無視
今回は、危険運転致死傷罪のうちの赤色信号殊更無視による人身事故について、です。
1 要件は、
ⅰ赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視
ⅱ重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為
ⅲ上記ⅰ・ⅱによって
ⅳ人を負傷・死亡させること、です。
要件ⅰについて、赤色信号の「殊更無視」とは、故意に赤色信号に従わない行為のうち、およそ赤色信号に従う意思のないものをいいます。それは、典型的には、
①赤色信号であることについての確定的な認識があり、停車位置で停止することが十分可能であるにもかかわらず、これを無視して進行する行為
②信号の規制自体を無視し、およそ赤色信号であるか否については一切意に介することなく、赤色信号の規制に違反して進行する行為です(最1小判平成20年10月16日刑集62巻9号2797頁)。従って、
③赤色信号を看過した場合
④既に安全に停止することが困難な地点に至って初めて赤色信号に気付いた場合
⑤信号の変わり際で、赤色信号であることについて未必的な認識しかない場合は、これにあたらないとされています(井上外「刑法の一部を改正する法律の解説」法曹時報54巻4号1043頁)。
このうち難しいのは、上記①、④の下線に関連する部分です。
先ず「赤色信号を認めた時点でブレーキをかけても本件停止線を越えてしまう場合には、赤色信号を殊更に無視したとはいえない」という主張がされた事案があります(東京高判平成26年3月26日判タ1403号356頁)。
裁判所は、この主張については「停止位置で停止できず、それを越えて進行する車両に対し、赤色信号が何も規制しないということではなく、停止位置を越えて進行することを禁じる赤色信号の意味は、単に停止位置を越えることを禁じるのみならず、停止位置を越えた場合にもなお進行を禁じ、その停止を義務付けるものである。黄色信号が同じように停止位置を越えて進行してはならないものとされながら、当該停止位置に近接しているため安全に停止することができない場合を除く旨の例外が定められているのに対し、赤色信号についてそのような例外の定めがないことはそれを示している。そうすると、「殊更無視」の解釈に当たり、本件停止線で停止可能か否かが決定的な意味を持つものではなく、本件停止線で停止できないことから直ちに赤色信号の「殊更無視」が否定されるものではない。」として、認めませんでした。
では、赤色信号に気付いたのが、停止線を超えた後の場合は、どうでしょうか。「被告人車が本件交差点内に深く入り、停止地点に停止することが東西方向に進行する車両の通行を妨害し、交通の危険を発生させると考えたため、そして交通の危険を回避するためには、本件交差点から退出すべきであると判断した」と主張された事案があります(広島高裁岡山支判平成20年2月27日高裁速報平成20年2号189頁)。
この点、裁判所は「原審の関係証拠によれば,被告人車の停止位置は,自転車横断帯に車両前部が掛かっているだけで,東西ことに東から西に向かい被告人車の近くを通行する車両の妨げには全くなっていないのが一見明白であること,そして,被告人は,長年タクシー運転手をしていてこれまでに何回も本件交差点を通行していたことが認められ,これら事実に照らして被告人の上記判断の基で発進したとの供述は到底信用できない。当審において取り調べた上記証拠からも,被告人車の停止位置から東西に通ずる道路の状況を見通すことは容易であって,その判断を誤るような事情は全く見いだせない。」として、危険性がないのであれば、それを前提に、対面信号が単に赤色であることを認識しながら、赤色信号を殊更無視して直進進行した事案として、危険運転致死傷罪の成立を認めました。
ちなみに、交差点に進入する直前に対面信号機が赤色表示であることを認識したが、急ブレーキをかけるよりも走り抜ける方が安全だと考えて交差点内に侵入した事案において「信号機による交通整理がされており,片側2車線の道路と交差するといった本件交差点の形状に照らし,本件交差点内が交通の安全を阻害するおそれがない場所であるとはいえないことも考慮すると,本件交差点内に止まることを避けようとして本件信号機の赤色信号を無視した被告人に,およそ赤色信号に従う意思がなかったとはいえず,被告人が赤色信号を「殊更に無視した」と認めることはできない。」判断した裁判例もあります(千葉地判平成28年11月7日判タ1436号243頁)。
ただ、何れの事案でも、被告人の心理状態(危険性の判断、どの地点で赤色信号に気付いたか)が強く争われており、難しい問題であって、初動捜査段階での弁護活動が重要であることを示します。
要件ⅱについては、「重大な交通の危険を生じさせる速度」とはどの程度のものが該当するのか、また、その判断方法が問題となります。
この点について、東京高判平成16年12月15日高裁速報平成16年3229号138頁は、「赤色信号を殊更に無視した車両が、他車と衝突すれば重大な事故を惹起することになると一般的に認められる速度、あるいは、重大な事故を回避することが困難であると一般的に認められる速度を意味するものと解されるところ、具体的な場面においてこれに該当するかどうかは、他車の走行状態や自車との位置関係等に照らして判断されるべきである」としました。
この事案は、被告人が、午後9時ころ、信号機により交通整理のされている交差点で停止したものの、本件当日が日曜日で平日に比して交通量が少なかったことから、対向車線を進行してくる車両はないと軽信して、殊更に赤色信号を無視し、時速約20km で交差点を右折進行したため、折から信号に従い同交差点を対向直進してきた被害者運転の自動二輪と衝突し、被害者を死亡させたというものでした。そして、裁判所は、「車両の直前を右折する際に時速約20キロメートルで進行していれば、同車を発見してから直ちに制動や転把等の措置を執ったとしても衝突を回避することは極めて困難であって重大な事故の発生する可能性が大きいというべきであり、現に本件自動車が被害車両を発見しないまま衝突してから停止するまでに約7mもの距離を必要とした」という事情に基づいて、危険速度に該当するとしたのです。
要件ⅲは、因果関係と呼ばれるものです。因果関係が争われた例として、最2小判平成18年3月14日刑集60巻3号363頁を紹介します。
この事案は、赤色信号交差点待ちをしていた先行車両の後方から、被告人が赤信号を殊更無視して対向車線に進出し時速20kmで交差点に進入しようとしたところ、右方道路から青色信号に従い左折した被害車両に衝突したというものです。この点「被告人が自車を対向車線に進出させたことこそが同車線上での交差点を左折してきた被害車両と衝突した原因であり、赤色信号を殊更に無視したことと被害者らの傷害との間には因果関係が認められない」という主張がされました。
この点、最高裁は、「被告人が対面信号機の赤色表示に構わず、対向車線に進出して本件交差点に進入しようとしたことが、それ自体赤色信号を殊更に無視した危険運転行為にほかならないのであり、このような危険運転行為により被害者らの傷害の結果が発生したものである以上、他の交通法規違反又は注意義務違反があっても、因果関係が否定されるいわれはないというべきである」と判示して、被告人の行為(赤信号殊更無視)と結果(被害車両運転手及び同乗者の傷害)との間の因果関係を肯定しました。
2 刑罰・違反点数については、他の危険運転致死傷罪と同じです(https://kawanishiikeda-law.jp/blog/1083)