赤信号無視による交通事故の過失割合
第1 赤信号無視による交通事故の過失割合とは?
交通事故の損害賠償において、過失割合の認定は損害額の算定に直結する重要な要素です。例えば、赤信号無視による事故は、違反者側の過失が重く評価される傾向にありますが、相手方側にも一定の過失が認定されるケースも少なくありません。本稿では、別冊(以下、略)判例タイムズ38号および判例を踏まえ、赤信号無視に関する過失割合の考え方と具体的な事例を紹介します。
第2 過失割合の基本的な考え方
1 過失割合とは、交通事故の発生に対する当事者双方の責任の度合いを数値で示したものです。赤信号無視は道路交通法第7条違反に該当し、原則として信号無視をした側に重過失が認定されます。
ただし、事故の状況や当事者の行動によっては、信号を守っていた側にも一定の過失が認定されることがあります。判例タイムズ38号では、事故類型ごとに基本となる過失割合が示されており、これをベースに個別事情を加味して修正されます。
2 そこで、事故類型別の過失割合(判例タイムズ38号より)について、代表的な事故類型ごとに紹介します。
事故類型 | 信号状況 | 加害者(A) | 被害者(B) |
①自動車同士の直進事故 | 車A:赤、車B:青 | 100% | 0% |
②自動車同士の直進事故 | 車A:赤、車B:黄 | 80% | 20% |
③歩行者 vs 自動車 | 車A:青、歩行者B:赤 | 30% | 70% |
④歩行者 vs 自動車 | 車A・歩行者Bともに赤 | 80% | 20% |
⑴ ①の場合について
車両等は、道路交通法第7条に基づき、信号機の表示する信号に従って運転しなければなりません。信号機が設置された交差点における規制は、原則として絶対的なものとされています。そのため、赤信号を無視した車両と、青信号を遵守していた車両が衝突した場合には、信号無視をした側の過失が100%とされるのが原則です(信号無視車Aの過失割合:100%)。
ただし、青信号に従って走行していた車両であっても、通常の注意義務を果たしていれば容易に信号無視車両の進入を発見し、衝突を回避できたにもかかわらず、何らの措置も取らなかった場合には、道路交通法第36条第4項または第70条に基づき、一定の過失が認定される可能性があります。
もっとも、判例[1]では、運転者は信号機の表示に従って走行すれば足りるとされており、信号無視車両の存在を予見して減速・安全確認する義務までは課されていません。そのため、青信号側に過失が認定されるのは、通常速度での走行中に通常の前方注視により衝突回避が可能であった場合に限定されます。[2]
このような場合には、青信号側車両(B)の過失割合が10%加算され、赤信号側車両(A)の過失割合は90%となるのが一般的な認定です。[3]
⑵ ②の場合について
黄信号においても、道路交通法第7条により、停止位置を超えて進行することは許されません。したがって、信号違反という点では赤信号の無視と同質であると評価されます。しかしながら、赤信号無視と黄信号進行では、行為の危険性に顕著な差があります。この差を考慮し、赤信号側車両(A)の過失割合は80%、黄信号側車両(B)の過失割合は20%とされています。[4]
なお、黄信号車両が交差点に進入した直後に信号が赤に変わった場合には、黄信号車側(B)の過失が10%加算される可能性があります。また、わき見運転等による著しい前方不注視(道路交通法70条)・ハンドルやブレーキの著しく不適切な操作(同上)・スマートフォン等を操作しながらのいわゆる「ながら運転」(道路交通法71条5号の5)・時速15〜30kmの速度違反・酒気帯び運転(道路法65条1項)等の行為は「著しい過失」として加算要素となる可能性があり、上記の修正要素と重畳的に適用されますので、複数の該当要素がある場合には、過失割合が増える可能性があります。[5]
⑶ ③の場合について
歩行者は、赤信号の場合には、道路を横断してはなりません(道路交通法施行令2条1項・4項)。したがって、③のような状況で生ずる事故は、基本的に赤信号に違反した歩行者の過失によるものであるため、基本過失割合を70%としています。[6]
なお、歩行者Aが児童・高齢者である場合には過失割合が10%、幼児・身体障害者等である場合には過失割合が20%減算されます(児童・高齢者と幼児・身体障害者は択一的に適用されるため、身体障害のある児童の場合には身体障害者としての修正割合のみが適用されます。)。
⑷ ④の場合について
赤信号の場合には、歩行者は道路を横断してはならず、車は所定の停止位置を超えて進行してはならない(道路交通法施行令2条1項・4項)ところ、赤信号に違反した車の過失の方が非常に大きいので、歩行者保護の見地から、基本過失割合は20%とされました。[7]
なお、歩行者Aが児童・高齢者である場合には過失割合が5%減算され、歩行者Aが幼児・身体障害者等である場合には過失割合が10%減算されます(児童・高齢者と幼児・身体障害者は択一的に適用されるため、身体障害のある児童の場合には身体障害者としての修正割合のみが適用されます。)。
第3 修正要素について
上記類型で検討する際に「修正要素」という概念が出てきましたので、それについて説明します。判例タイムズ38号では、交通事故における基本的な過失割合に加えて、事故の具体的な状況に応じて過失割合が加算・減算される修正要素が定められています。これらの修正要素は、画一的な基準では対応できない複雑な事案において、より公平な評価を導くための実務的指針として機能しています。
⑴ たとえば、①夜間に発生した事故の場合には、視認性の低下によって運転者の注意義務の履行が困難になることから、歩行者側の過失が加算されることがあります。また、②幹線道路での事故では、交通量や速度の影響により危険性が増すため、歩行者も車の動静についてより注意を払う必要があるから、歩行者側の過失が加算されることがあります。さらに、③歩行者が駐停車中の車両の陰から横断した場合には、運転者による発見・回避が困難であると評価され、歩行者側の過失が加算されることがあります。[8]
⑵ 一方で、歩行者の属性により減算が適用される場合もあります。①歩行者が児童や高齢者であった場合、又は、幼児や身体障害者の場合には、判断能力や行動能力が低いとして歩行者側の過失が減算されることがあります。また、②運転者側に著しい過失があった場合、たとえば酒気帯び運転などが認定された場合には、歩行者側の過失が減少することがあります。さらに、③酒酔い運転や無免許運転といった重過失が認定された場合には、歩行者側の過失が大幅に減算されることもあります。[9]
⑶ なお、これらの修正要素は事案によって異なること及び単独で適用されるとは限らず、複数の要素が重畳的に作用する場合もあることに注意が必要です。
[1] 最三小判昭43・12・24判タ230号254項
[2] 別冊判例タイムズ38号P.207参照
[3] 同上P.208参照
[4] 同上P.210参照
[5] 同上P.60参照(重過失と著しい過失の双方が認められた場合には、択一的にいずれか一方の数値による修正をすることに注意が必要です。)
[6] 同上P.70参照
[7] 同上P.68参照
[8] 同上P.60~61参照
[9] 同上P.61~63参照