後遺障害逸失利益の算定とライプニッツ係数
第1 はじめに
交通事故に遭った被害者にとって、最も気になるのは「どれだけの賠償を受けられるのか」という点でしょう。なかでも後遺障害逸失利益は賠償金の大部分を占めることになる(後遺障害逸失利益として4326万円が認められた事例はこちらhttps://kawanishiikeda-law-jiko.com/3452-2/)ため、関心を抱いている方が多いのではないでしょうか。
そこで、本稿では、後遺障害逸失利益の算定方法について具体的なケースを交えながら解説します。
第2 後遺障害逸失利益について
1 後遺障害逸失利益の定義
症状の固定(それ以上治療を受けても、症状が良くも悪くもならない状態に達したこと)後に、労働能力を全部又は一部喪失させる障害が残る場合、それにより見込まれる収入の喪失又は減少が「後遺障害逸失利益」です。[1]
2 後遺障害逸失利益の算定方法[2]
⑴ 算定式
「後遺障害逸失利益」=(1年あたりの基礎収入)×(労働能力喪失率)×(労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数)
ライプニッツ係数という言葉には馴染みがないと思いますので簡単に説明すると、損害賠償金を一括で前払いする際に、将来の利息分を差し引くために用いる係数のことをライプニッツ係数と言います。少し難しいかもしれませんが、これは賠償金を受け取る被害者側が将来得られたはずのお金(逸失利益)を前倒しで受け取ることにより、その運用利益を得られることに鑑み、その利益分をあらかじめ差し引いておくという公平の観点から行われる調整です。
⑵ 基礎収入の算定
① 給与取得者及び事業所得者
給与所得者・事業所得者いずれの場合も、休業損害(仕事を休んだことによる収入の喪失)の場合に準じて計算されます。
給与所得者の休業損害は、事故前の現実の給与額[3]を基礎に判断されるため、後遺障害逸失利益を算定する場合も事故前の現実の給与額が基礎収入です。もっとも、被害者が若年(概ね30歳未満)であって、将来平均賃金が得られる蓋然性が認められれば、平均賃金(全年齢)を基礎収入とされます。
事業所得者の休業損害は事故前年の所得税確定申告所得によって認定されるため、後遺障害逸失利益を算定する場合も申告された所得によって算定されます。なお、申告額と実収入額が異なる場合には、その旨を立証すれば実収入額が基礎とされます。しかし、都合の良いときには収入を少なく申告し、都合が悪くなると多く申告するような態度を許さないという判断から、裁判所は申告外収入を認めることには極めて慎重です(この点については、稿を改めて説明します。)。
② 家事従業者[4]
こちらも休業損害の場合に準じて計算されます。家事従業者の休業損害は、賃金センサス第1巻第1表の産業計・企業規模計・学歴計・女性労働者の全年齢平均賃金を基礎として算出されるため、後遺障害逸失利益を算定する場合も同様の算出方法により基礎収入が算定されます。詳細は、以下の表を参照ください。
賃金センサスによる平均給与額(産業計・企業規模計・学歴計・女性労働者)
| 令和5年 | 令和4年 | 令和3年 | 令和2年 | 令和1年 | |
| 家事従業者 | 3996.5 | 3943.5 | 3859.4 | 3819.2 | 3880.1 |
(令和7年度版損害賠償額算定基準P.462,466から引用 *単位は千円)
③ 幼児・生徒・学生
幼児・生徒・学生については、原則として、(ⅰ)性別毎の労働者の学歴計・全年齢平均賃金を基礎とします。なお、年少女子については、(ⅱ)男女を併せた全労働者の学歴計・全年齢平均賃金を用います。他方で、大学生又は大学への進学の蓋然性が認められる者については、(ⅲ)性別毎の労働者のうち大学卒・全年齢平均賃金を基礎とされます。(ⅰ)~(ⅲ)賃金センサスの詳細については、以下の表を参照ください。
賃金センサスによる平均給与額
| 令和5年 | 令和4年 | 令和3年 | 令和2年 | 令和1年 | |
| (ⅰ)の平均給与額 | 男5698.2 | 男5549.1 | 男5464.2 | 男5459.5 | 男5609.7 |
| 女3996.5 | 女3943.5 | 女3859.4 | 女3819.2 | 女3880.1 | |
| (ⅱ)の平均給与額 | 5069.4 | 4965.7 | 4893.1 | 4872.9 | 5006.9 |
| (ⅲ)の平均給与額 | 男6552.7 | 男6402.7 | 男6310.4 | 男6379.3 | |
| 女4700.2 | 女4624.6 | 女4543.0 | 女4510.8 |
(令和7年度版損害賠償額算定基準P.462~467から引用 *単位は千円)
⑶ 労働能力喪失率
労働能力の低下については、以下の表を参考にして、障害の部位・程度、被害者の性別・年齢・職業、事故前後の就労状況、減収の程度等を総合的に判断して定められます。このような取り扱いがされているのは、被害者が頭脳労働者や一般事務職である場合と肉体労働者である場合とでは、収入への影響は大きく異なるからです。
| 障害等級 | 労働能力喪失率 | 障害等級 | 労働能力喪失率 |
| 第1級 第2級 第3級 第4級 第5級 第6級 第7級 | 100/100 100/100 100/100 92/100 79/100 67/100 56/100 | 第8級 第9級 第10級 第11級 第12級 第13級 第14級 | 45/100 35/100 27/100 20/100 14/100 9/100 5/100 |
労働能力喪失率表(労働基準局長通牒)
*後遺障害が認定された事例はこちら
⑷ 労働能力喪失期間
労働能力喪失期間の始期は症状固定日です。未就労者の就労始期は原則として18歳であり、大学進学等によりそれ以降の就労を前提とする場合は就学終了予定時とされます。
労働能力喪失期間の終期は、67歳とされます。但し、いわゆるむち打ち症(むち打ち症について詳しく知りたい方はこちらhttps://kawanishiikeda-law-jiko.com/2345-2/)の場合には、後遺障害等級に応じて期間が修正(第12級程度:5年~10年、第14級程度:3年~5年)されることに注意が必要です。
労働能力喪失期間は、始期から終期を差し引くことによって求めることができます(40歳の者であれば、(67-40=)27年間が労働能力喪失期間にあたる)。そして、労働能力喪失期間が明らかになれば、下記の表に従ってライプニッツ係数を確定することができます。

*令和2年4月1日以降発生の事故に適用される表です。
第3 設例に基づく検討
1 設例[5]
年収600万円(税込み)の男性(症状固定時40歳)が、事故に遭い、左下肢を膝関節から足関節までの間で切断し、失いました。後遺障害逸失利益をライプニッツ式により算定したらいくらになるでしょう。
2 設問の検討
まず、前述した通り、後遺障害逸失利益は、「(1年あたりの基礎収入)×(労働能力喪失率)×(労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数)」で算定されます。
本問において、1年あたりの基礎収入は600万円です。労働能力喪失率は、「1下肢を足関節以上(膝関節未満で)失ったもの」に該当すると思われるため、後遺障害別等級5級5号[6]に該当します。それゆえ、労働能力喪失率は、労働能力喪失率表(労働基準局長通牒)に照らして79%となります。労働能力喪失期間は、(67歳-40歳=)27年なので、第2で示した表に照らして27年に対応するライプニッツ係数が18.3270であることが分かります。
以上より、後遺障害逸失利益は8686万9980円〔=600万円(基礎収入)×0.79(労働能力喪失率)×18.3270(27年に対応するライプニッツ係数)〕となります。
なお、現実の事例に基づいた算定については、こちらをご覧ください(https://kawanishiikeda-law-jiko.com/432-1/)
第4 終わりに
交通事故による後遺障害逸失利益の算定方法を理解することは、適正な賠償を受けるための第一歩となります。本稿がその理解の一助となれば幸いです。もっとも、算定には数字や係数が多く用いられるため、複雑に感じられることもあるでしょう。そのような場合には、ぜひお気軽に弁護士へご相談いただくことをおすすめします。
以上
[1] 「交通事故損害賠償法(第3版)」 北河隆之 P.194参照
[2] 当該段落に関しては、特に記載がなければ、交通事故損害賠償額算定のしおり(大阪弁護士会交通事故委員会)P.7以降を参照しています。
[3] 裁判実務では、給与所得者の休業損害は、勤務先が発行する休業損害証明書や源泉徴収票などを基に算定されます。また、自営業者の休業損害は、税務署の受付印のある確定申告書や市区町村の発行する課税証明書等を基に算定されます。(「交通事故損害賠償法(第3版)」 北河隆之 P.151参照)
[4] 家事従業者とは、家族のために主婦的労務に従事する者を言い、性別は問われません。
[5] 「交通事故損害賠償法(第3版)」 北河隆之 P.195から引用した設問です。
[6] 自賠責後遺障害別等級表の別表第2参照



