後遺症による逸失利益
交通事故によって死亡した場合は当然ですが、死亡しなかったとしても後遺症が残ってしまった場合には、それまでと同じ生活はできなくなります。この場合、逸失利益や慰謝料が典型的な損害として問題となりますが、今回は、「逸失利益」というものについてとりあげます。
逸失利益とは、後遺症(後遺障害)がなければ将来的に得られたであろう収入等の利益をいいます。その計算式は、次のとおりです。
逸失利益=基礎収入(用語説明1参照)
×労働能力喪失率(用語説明2参照)
×労働能力喪失期間(用語説明3参照)に対応する中間利息控除係数(用語説明4参照)
【用語説明】
1 基礎収入
事故前年の現実収入(手取額ではなく、名目額になります。)をもって基礎収入とすることが原則です。しかし、収入の将来の変動を完全に無視するのは不合理ですから、予測される変動を踏まえて上記原則が修正されることもあります(例えば、若年者、スポーツ選手、ホステス等)。また、そもそも現実に収入がない主婦や未就労児童等は、賃金センサス(労働者の雇用形態、年齢、性別などの属性と賃金の関係を明らかにした統計結果のことをいいます。)を基に基礎収入を設定することで、合理的な基礎収入が計算されます。
(1)給与所得者の場合の基礎収入について
以下の事例は、基礎収入が高めで症状固定時が比較的若かった銀行員のケースですが、後遺障害が1級にもなると逸失利益総額は、1億円を超えます。
【症状固定時34歳の銀行員(男性)の例 東京地判平16.12.21】
逸失利益総額約1億1400万円=約1億0263万円(定年までの逸失利益)+約1137万円(定年後の逸失利益)
この事例に関する情報を簡潔に整理すると以下の様になります。
・事故前年実収入 約639万円
・外傷性てんかん、運動機能障害、高次脳機能障害(1級3号)→ 労働能力喪失率100%
・症状固定時:34歳 定年60歳
→定年までの労働能力喪失期間:26年
→対応する中間利息控除係数:14.3751(旧民法時の法定利率による)
当該事案では同期入社社員の年収上昇率(年5%)が考慮され、裁判所は基礎収入を約740.5万円としました。そのうえで、定年までの逸失利益は次のとおり計算されました。
約740.5万円×14.3751-約382万円(勤務先からの既払い分)=約1億263万円
基礎収入:約699万円(賃金センサスによる)
労働能力喪失期間:60歳~67歳までの7年間
上記期間に対応する中間利息控除係数: 16.0025-14.3751=1.6274
(33年のライプニッツ係数-26年の係数)
定年後に定年前の収入を維持することが難しいと認められる場合、定年後は賃金センサス又は実収入額の一定割合を基礎収入とすることがあります。この事案での上記基礎収入の額も、賃金センサスの年収額(平成12年第1巻第1表産業計・企業規模計・男性労働者・大卒の60歳から64歳)を基礎にされました。そのうえで、定年後の逸失利益は、次のとおり計算されました。
699万円×1.6274=約1137万円
(2)自営業者の場合の基礎収入について
自営業者の場合は、税務申告上で経費をかさ増しする等によって所得を過少申告していることがあります。この場合は、申告所得よりも高額の実収入を立証できれば、その額を基礎収入額とすることができますが、その立証は容易ではありません。
【症状固定時37歳の建設自営業者(男性)の例 神戸地判平18.11.17】
逸失利益総額約8158万円≒576万8600円(基礎収入)×0.92×15.3724(30年のライプニッツ係数)
この事例に関する情報を簡潔に整理すると以下の様になります。
・事故前々年申告所得196万円 事故前年申告所得307万円
・脳挫傷後の精神神経症状等(併合4級)→ 労働能力喪失率92%
・症状固定時:37歳 → 労働能力喪失期間:30年
→対応する中間利息控除係数:15.3724(旧民法時の法定利率による)
この事案では、近時の所得水準からすれば比較的高額である賃金センサスの統計値(576万8600円)が基礎収入として採用されています。裁判所が上記申告所得額ではなく賃金センサスの統計値を基礎収入として採用した理由は、①事故の約4年前(平成11年)には申告所得額が賃金センサスを上回るものであったこと、②事故前々年・前年の営業収入は7000万円を超えていたこと、③平成12年以降に原告の事業環境が特段に悪化したと認めるべき証拠もなかったこと、④税務申告では個人使用分の経費も計上されていたこと等でした。これらの事情から、申告所得額は過少申告であり基礎収入としても過少であると判断したようです。
2 労働能力喪失率
労働能力の低下の程度のことをいいます。基本的には、後遺症が自賠法施行令別表の後遺障害等級のいずれに該当するかが認定された上、下記のとおり、旧労働省労働基準局長通牒(昭32.7.2基発第551号)別表の労働喪失率表に定められた労働能力喪失率が認定されます。しかし、性質上必ずしも労働能力に影響を及ぼさない後遺症(醜状障害、嗅覚・味覚障害、性的能力の喪失等)や、減収が生じていない場合等には、上記の基準通りの喪失率が認められないこともあります。
- 後遺障害1級ないし3級の場合100%
- 後遺障害4級の場合 92%
- 後遺障害5級の場合 79%
- 後遺障害6級の場合 67%
- 後遺障害7級の場合 56%
- 後遺障害8級の場合 45%
- 後遺障害9級の場合 35%
- 後遺障害10級の場合 27%
- 後遺障害11級の場合 20%
- 後遺障害12級の場合 14%
- 後遺障害13級の場合 9%
- 後遺障害14級の場合 5%
3 労働能力喪失期間
始期は症状固定日、終期は67歳が原則です。
ただ、未就労者の始期は18歳(大学卒業を前提とする場合は大学卒業時。)とされたり、症状固定時の年齢が67歳を超える人の労働能力喪失期間は平均余命の2分の1とされる等の例外はありますし、職種・健康状態等から終期が修正される場合もあります。
以下の事例は、症状固定時の年齢が70歳でしたが、当時の女性の平均余命が88歳であったことに鑑み、その半分の9年を前提として逸失利益が計算されています。
【症状固定時70歳の仲居(女性)の例 京都地判平24.3.7】
逸失利益総額約408万円≒410万4000円×0.14×7.107(9年のライプニッツ係数)
この事例に関する情報を簡潔に整理すると、以下の様になります。
・事故前実収入 410万4000円
・下肢関節機能障害(12級7号相当)→ 労働能力喪失率14%
・症状固定時:70歳 症状固定時の女性の平均寿命:88歳
→労働能力喪失期間:症状固定時の年齢が67歳を超えていますが、
平均余命の2分の1である9年(18年×0.5)
→対応する中間利息控除係数:7.107
4 中間利息控除係数
逸失利益は将来損害ですから、一時金で請求する場合は前倒しで賠償を得られる分、中間利息が控除されます。つまり、労働能力喪失期間が長いほど、賠償額から控除される中間利息が多くなります。中間利息控除係数は、ホフマン式(単利計算)とライプニッツ式(複利計算)の2通りありますが、複利計算で控除率の高いライプニッツ式が用いられることが多いです。
ライプニッツ式によれば、たとえば労働能力喪失期間が、1年の場合の中間利息控除係数は0.9709ですから、3の事例で逸失利益を試算してみると、
410万4000円×0.14×0.9709≒557,840円
となります。労働能力喪失機関が50年の場合、1年分に50をかける(557,840円×50年=27,892,000円)のではなく、係数は25.7298ですので、
410万4000円×0.14×25.7298≒14,783,313円
となり、単純に50倍した場合の約半分となってしまいます。