- 子供の事故(損害賠償総額600万円・治療費除く)
- 死亡交通事故・逸失利益6921万円(広地H10.1.23)
- 保険会社からの提示が適正かのご相談に来られて提示額の270%を獲得したケース
- 頸椎捻挫(損害賠償総額320万円・360万円)
- 高次脳機能障害で7級4号が認められた事例(逸失利益4326万円・後遺障害慰謝料1000万円)
- 眼・後遺症(損害賠償総額1500万円)
- 醜状痕(損害賠償総額1830万円)
- 指・後遺症(損害賠償総額・手小指640万円・足母指1100万円)
- 子供の自転車事故と保護者の民事責任(3500万円余りの親の責任が認められた、神戸地判H25・7・4を参考に)
- むち打ち症で12級が認められた事例(逸失利益/事例①1970万円・事例②752万円)
年金生活者の死亡事故について2887万円(年金逸失利益407万円)の賠償が命じられた裁判例
75歳の年金生活者が交通事故で亡くなったら、「逸失利益」はどうなる?
― 大阪地裁平成14年4月11日判決から考える
交通事故で家族を亡くされたご遺族から、「母は年金で暮らしていましたが、賠償には何が含まれるのですか」というご相談をよく受けます。
今回は、青信号で横断歩道を渡っていた75歳の女性が、右折してきたトラックにはねられて亡くなった事故の裁判例(大阪地裁平成14年4月11日判決・平成13年(ワ)第11245号、交通事故民事裁判例集35巻2号514頁)を題材に、高齢者の死亡事故における「逸失利益」の考え方をご説明します。
そもそも「逸失利益」とは
逸失利益とは、「事故がなければ将来得られたはずなのに、事故のせいで得られなくなった利益」のことです。亡くなった方の損害として、ご遺族が相続して請求します。
働いている方であれば、将来の収入が典型です。では、仕事を引退して年金で暮らしている方の場合はどうでしょうか。この判決は、その問いに対して、大きく二つのことを判断しました。
判決のポイント①:「働けたはず」という主張は認められなかった
ご遺族は、「75歳でも80歳までは働けたはずだ」として、賃金統計をもとに約906万円の逸失利益を請求しました。
しかし裁判所は、この請求を認めませんでした。理由は、亡くなった方が実際には一人暮らしの年金生活者で、収入を得て働いていた事実も、将来働く予定があった事実も、家族のために家事をしていた事実もなかったからです。
ここは誤解の多いところなので補足します。高齢者だから一律に認められない、というわけではありません。実際に働いていれば当然その収入が基礎になりますし、同居の家族のために家事を担っていれば「家事労働」として逸失利益が認められるのが一般的です。この事案では、そのいずれにも当たらなかった、ということです。
判決のポイント②:年金は種類によって扱いが分かれる
亡くなった方は、年額約241万円の年金を受け取っていました。内訳は次のとおりです。
- 遺族厚生年金 約200万円(亡くなった夫の厚生年金に基づくもの)
- 老齢厚生年金 約14万円
- 老齢国民年金 約27万円
ご遺族はこの全額について逸失利益を主張しましたが、裁判所は、遺族厚生年金とそれ以外とで結論を分けました。
遺族厚生年金 → 逸失利益にならない
遺族厚生年金は、受給者本人が保険料を払って得た権利ではなく、「残された配偶者の生活を支える」ための社会保障的な給付です。再婚などの本人の事情で受給権が消滅することもあり、存続自体が不確実です。裁判所はこうした性格を踏まえ、最高裁の判例(最判平成12年11月14日)を引いて、遺族厚生年金は逸失利益に当たらないと判断しました。
老齢厚生年金・老齢国民年金 → 逸失利益になる
一方、老齢年金は、本人が保険料を納めたことに基づく給付であり、本人が亡くならない限り受給が続きます。この確実性を理由に、裁判所は逸失利益性を認めました。
判決のポイント③:「生活費控除」をしないという珍しい判断
逸失利益の計算では、通常、「生きていれば自分の生活費がかかったはず」として、収入から一定割合(生活費控除率)を差し引きます。年金収入の場合、生活費に回る割合が高いと考えられるため、控除率を高めにする(たとえば5〜7割)のが実務の傾向です。被告側もこの事案で7割の控除を主張していました。
ところが裁判所は、老齢年金部分について生活費控除を一切行いませんでした。
理屈はこうです。この方の年金の大半は遺族厚生年金(約200万円)でした。生きていれば必要だった生活費は、その遺族厚生年金だけで十分まかなえたはずです。だとすると、老齢年金の約41万円は、生活費に消えることなく手元に残っていたはずの収入といえる。だから控除しない、というわけです。
この考え方は、亡くなった方の収入の内訳によって結論が変わりうるものです。すべての年金受給者に当てはまるわけではありませんが、「生活費控除はいつも機械的に引かれるものではない」ことを示す例として参考になります。
最終的な計算
老齢厚生年金と老齢国民年金の合計 約41万円 × 平均余命14年分に対応する係数(ライプニッツ係数9.8986) = 約407万円
これが、この事案で認められた逸失利益です。ほかに死亡慰謝料2,100万円、葬儀費用150万円、弁護士費用230万円が認められ、合計約2,887万円の賠償が命じられました。
なお、この判決は平成14年のものです。その後、令和2年4月の民法改正で中間利息の控除に用いる利率が年5%から年3%に変わったため、現在同じ計算をすると係数(したがって金額)は当時より大きくなります。考え方の枠組みは今も通用しますが、数字をそのまま当てはめることはできない点にご注意ください。
この判決から学べること
ご遺族の立場から整理すると、次の三点が重要です。
第一に、年金生活者であっても、老齢年金については逸失利益として請求できます。「年金だから賠償の対象にならない」ということはありません。
第二に、遺族年金については逸失利益として認められないのが判例の立場です。年金の種類を確認することが、請求の見通しを立てる第一歩になります。
第三に、生活費控除の割合は、収入の内訳や生活実態によって争いうる論点です。保険会社から提示された計算をそのまま受け入れる前に、一度専門家に確認することをおすすめします。
交通事故でご家族を亡くされ、賠償の内容に疑問がある方は、お気軽にご相談ください。
その他、死亡逸失利益に関する裁判例の紹介は、こちら



