むち打ち症で12級が認められた事例(逸失利益/事例①1970万円・事例②752万円)
第1 はじめに
「むち打ち症(頸椎捻挫・外傷性頸部症候群)」(https://kawanishiikeda-law-jiko.com/whiplash/で説明)は、見た目では判断しづらく、被害者の苦痛が軽視されがちな傷病のひとつです。むち打ち症が長期化して後遺障害として認定された場合、後遺障害慰謝料を請求することができます。それゆえ、むち打ち症の被害者にとって、どのような場合に後遺障害の認定[1]がなされるのかは重大な関心事項です。そこで、本記事では、むち打ち症による後遺障害が認定された裁判例をもとに、どのような場合に後遺障害として認定されるのか解説します。
※ むち打ち症以外で、後遺障害が認定された事例は、こちら。
8級(眼)が認められた事例 https://kawanishiikeda-law-jiko.com/440-2/
12級・13級(指)が認められた事例 https://kawanishiikeda-law-jiko.com/429-2/
醜状痕の後遺障害の事例 https://kawanishiikeda-law-jiko.com/22/
第2 どのような場合に後遺障害慰謝料が認められるのか。
むち打ち症で認定される後遺障害等級は主に12級12号及び14級9号です(下記の表を参照ください。)。どちらの等級認定がされるかという問題は、後遺障害慰謝料及び逸失利益の金額に直結するため、とりわけ12級なのか14級なのかという点が裁判でも争点となります(後遺障害の等級表については、こちらhttps://kawanishiikeda-law-jiko.com/grade/)。
この点、12級と14級を分ける重要なポイントは、「他覚所見の有無」にあります。[2]他覚所見とは、一般的には、診断医が客観的観察によって確認できる身体的異常を言い、理学的検査(視診、打診、聴診、触診)、画像検査や神経学的検査によって確認される所見を言います。[3]
では、他覚所見が認められるとして12級の後遺障害の認定がされるのは具体的にどのような場合でしょうか。実際の裁判例を踏まえて解説します。
等級 | 認定要件 | 慰謝料相場 |
12級12号 | 局部に頑固な神経症状を残すもの | 約290万 |
14級9号 | 局部に神経症状を残すもの | 約110万 |
第3 後遺障害12級が認定された事例
1 事例①(横浜地判平成23年7月20日・交通民集44巻4号968頁)
被害者の後遺障害(被害者は12級主張)の程度につき、自賠責の認定は14級9号であるが、単に自覚症状があるのみならず、画像検査や神経症状によって裏付けられているといえるから、局部に頑固な神経症状を残す後遺障害等級12級12号に該当するとした事例。
当該事案では、「後遺障害慰謝料:290万円、後遺障害による逸失利益:1970万2633円」が認められました。
⑴ 症状及び診断
頸部痛、右上肢しびれ及び右上肢拳上時鈍痛
⇒頸椎捻挫、外傷性頸椎椎間板ヘルニア、根性抹消神経症と診断
⑵ 検査結果に関する裁判所の認定した事実
頸椎圧迫テスト[4] | 徒手筋力テスト | MRI検査 | |
平成20年5月31日 | ジャクソンテスト・スパーリングテスト共に陰性 | 異常なし | 頸椎椎体4と5の間に存在する椎間板が正中後方へ突出して頸髄を圧排していた |
平成20年6月14日 | ジャクソンテスト・スパーリングテスト共に陽性 | - | - |
平成20年6月21日 | ジャクソンテスト・スパーリングテスト共に陰性 | - | 頸椎椎体4と5の間に存在する椎間板が正中後方へ突出して頸髄を圧排していた |
平成20年11月15日 | - | - | 頸椎椎体4と5の間に存在する椎間板が正中後方へ突出して頸髄を圧排していた |
⑶ 裁判所の判断:12級12号該当
本事案の神経学的検査報告書には、右手握力『29㎏』、左手握力『34㎏』との記載や右上腕二頭筋・三頭筋の反射に関する記載『++~+++』(反射の亢進、すなわち神経が敏感になっている状態を示している。)がありました。それを基に裁判所は、「後遺障害は、単に自覚症状があるのみならず、画像検査[5]や神経学的検査[6]によって裏付けられているということができるから、自賠法施行令別表第2第12級12号『局部に頑固な神経症状を残すもの』に該当するというべきである。」と判断しています。
したがって、本件裁判例は、自覚症状を裏付ける他覚所見として、MRI画像検査による異常所見と神経学的検査所見の確認に留意しているといえます。[7]
2 事例②(名古屋地判平成22年3月19日・交通民集43巻2号419頁)
自賠責保険の認定は非該当であるが、裁判所は後遺障害12級13号に該当すると認めた裁判例です。
当該事案では、「後遺障害慰謝料:290万円、後遺障害による逸失利益:752万8348円」が認められました。
当該事案において、後遺障害
⑴ 自覚症状及び診断
頚部痛、左手の痛み、頭痛、頚部の硬直など頸部挫傷、胸部・腰背部挫傷
⇒頚部捻挫傷兼背部挫傷(受傷翌日)、外傷性頚部症候群(受傷から5日後)と診断。裁判所は、「(外傷性)頚部神経根症あるいは(外傷性)頚部神経根障害」という病名を付けるべきであるとしている。
⑵ 検査結果に関する裁判所の認定した事実
頚椎圧迫テスト | X線撮影 | MRI検査 | その他 | |
平成12年8月30日 | 胸部頸部を撮影異常なし | |||
平成12年9月4日 | 頸椎を撮影 第5・6頚椎に椎間板ヘルニア | |||
平成12年11月20日 | スパーリングテスト陽性 | 椎間板が第5・6で右後方に、第6・7で全体に膨隆しており、第5・6頚椎の左に骨棘形成があるが、脊髄の異常所見はなかった | ||
平成13年2月27日 | 異常なし | 両上肢知覚運動障害あり |
⑶ 損害保険料算出機構の判断
損害保険料率算出機構は、「平成17年6月7日付けの後遺障害等級認定票において、原告の左上肢のシビレ、頚部痛、背部痛の訴えについては、提出の画像上、本件事故による明らかな器質的損傷は認められず、有意な神経学的所見も乏しく、また、症状経過、治療経過等からも症状の将来に渡り残存する障害とは捉え難いとして、自賠責保険の後遺障害に該当しないものと判断する」としました。
⑷ 裁判所の判断
頚椎圧迫テスト(ジャクソンテストやスパーリングテスト等を指します)で神経根が刺激されて出現する左上肢の疼痛やしびれ・知覚障害が誘発でき、この症状が自覚症状と同じである点、画像で頸椎椎体5・6、6・7での左に優位の椎間孔狭窄が認められる点などで、「障害の存在が医学的に証明できるもの」といえるから、後遺障害等級一二級一三号の「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当すると認めるのが相当である。
本件裁判例は、原告の自覚症状と画像所見(MRI)及び頸椎圧迫テストなどとの整合性を検討して12級と判断していると思われます。
3 上記裁判例に関する考察
いずれの裁判例もMRIの画像において異常所見を認定していました。それゆえ、「他覚所見の有無」を判断するに際して、MRIの画像所見は非常に重要な意義を有することになると思われます。また、スパーリングテストやジャクソンテストによる結果も一定程度参考にされています。このような試験において、陽性と判断されると「他覚所見」が認められるとして12級に認定される可能性が高まります。
第4 終わりに
上述したように、後遺障害12級が認定されるかどうかは、「他覚所見の有無」が重要な意義を有しています。それゆえ、交通事故によるむち打ちの症状が発現した場合は、整形外科や脳神経外科・神経内科を受診して、他覚所見を基礎づける診断(とりわけMRI画像における異常所見)を収集しておくことが、後遺障害認定における大きなポイントとなるでしょう。
以上
[1] 【被害者が等級認定を受けるための方法】:直ちに裁判を起こしても、裁判所が等級認定をしてくれるわけではないので、被害者としては以下のいずれかの方法を選択する必要があります。
⑴ 被害者自身が自賠責保険会社に申請手続をする方法(後遺障害診断書のほか、レントゲンの画像等の必要書類を準備し、自賠責保険会社や損害保険料率算出機構に対して書類を送付する必要があります)
⑵ 相手方の任意保険会社に申請手続きを任せる方法(後遺障害診断書を任意保険会社に提出すれば、他の資料は任意保険会社が収集してくれます)
[2] 「後遺障害の認定と異議申し立て-むち打ち損傷事案を中心として-」加藤久道P.29参照
[3] 「後遺障害の認定と異議申し立て-むち打ち損傷事案を中心として-」加藤久道P.44参照
[4] 頸椎圧迫テストには、ジャクソンテスト及びスパーリングテストがある。ジャクソンテストでは、頭を軽く後方に反らせて上から押し付け、頸部から肩・腕まで痛みが拡散すれば陽性と判定される。スパーリングテストとは、頸椎を患側に傾けて頭を下に押し付け、放散痛があれば陽性と判定される。(三浦幸雄編「図説整形外科診断治療講座14頸椎疾患・損傷」メジカルビュー社、1991年)
[5] 第3の1の⑵におけるMRI画像等を指しています。
[6] 神経学的検査には、ジャクソンテストやスパーリングテスト、徒手筋力テストなどがあります。
[7] 「後遺障害の認定と異議申し立て-むち打ち損傷事案を中心として-」加藤久道P.49参照