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嗅覚障害により逸失利益約950万円・後遺障害慰謝料500万円が認められた事例

交通事故で頭や顔を強く打つと、「においがわからなくなった」という後遺症が残ることがあります。骨折や傷あとと違って外からは見えないため、周りに理解されにくく、損害賠償の場面でも「仕事には影響しないのでは」と低く評価されがちです。

しかし、料理人など嗅覚が仕事の中心にある人にとって、においを失うことはキャリアそのものを失うことになりかねません。この記事では、料理の道を志していた男性が事故で嗅覚を失った事案について、逸失利益訳950万円・後遺障害慰謝料500万円(但し、過失相殺前・既払金控除前の金額)を認めた裁判例(東京地方裁判所 平成25年11月13日判決)をもとに、嗅覚障害の損害賠償で何が問題になり、裁判所がどう判断したのかを、できるだけやさしく解説します。

交通事故による嗅覚障害は、主に次のようなケースで起こります。

  • 顔面や鼻の骨折で、においが鼻の奥まで届かなくなる
  • 頭を打って、においを感じる神経や脳(前頭葉など)が傷つく

後遺障害としては、程度に応じて次の等級に当てはめて評価されるのが一般的です(自賠責保険の認定は、労災の基準に準じて行われます)。

症状等級労働能力喪失率の目安
嗅覚脱失(においが全くわからない)12級相当14%
嗅覚減退(においが弱くしかわからない)14級相当5%

等級の判定には、本人の自覚だけでなく、T&Tオルファクトメーター(濃さの違う何種類ものにおいを嗅いで判定する検査)やアリナミンテスト(注射した薬のにおいを感じるか調べる検査)といった客観的な検査結果が重視されます。

具体的には、T&Tオルファクトメーターの「平均嗅力損失値」が5.6以上なら嗅覚脱失(12級相当)、2.6以上5.5以下なら嗅覚減退(14級相当)というのが目安です。アリナミンテストは「においを感じるかどうか」を見る検査なので、脱失の確認には役立ちますが、減退の程度を示すには不向きです。減退を主張するならT&Tオルファクトメーターの検査が欠かせません。

ただし、この「喪失率」はあくまで目安です。嗅覚障害は「多くの仕事では収入に影響しない」と反論されやすく、実際にどれだけの逸失利益(将来の収入の減少分)が認められるかは、被害者の職業や将来の見通しによって大きく変わります。

東京地方裁判所 平成25年11月13日判決(平成25年(ワ)第854号、交通事故民事裁判例集46巻6号1437頁)

事故の内容

深夜1時25分ごろ、東京都渋谷区の交差点で、右折しようとしたタクシーと、反対方向から直進してきたバイクが衝突しました。この交差点は標識で右折禁止でしたが、タクシー運転手は標識に気づかず、バイクにも衝突するまで気づきませんでした。

被害者のケガと後遺障害

バイクを運転していた20代の男性は、顔面の多発骨折、歯の破折、脳挫傷、足の骨折などの重傷を負い、次の後遺障害が残りました。

後遺障害等級
嗅覚脱失(頭部CTで嗅覚付近の骨折・脳挫傷。アリナミンテストで反応なし、嗅覚検査で「高度脱出」)12級相当
歯の障害(事故前の2本と合わせ5本が喪失・著しい欠損)13級5号
顔の傷あと(両目の下と右眉の手術痕)14級10号
合計(併合)11級

男性の経歴

男性は和食店を自分で開くことを夢見て、焼き鳥の有名店で働きながら日本酒ソムリエの資格取得を目指していました。しかし嗅覚を失ったため料理の世界で働くことをあきらめ、事故後はトラックで酒箱を配送する仕事に就いていました。

主な争点

  1. 過失割合(バイク側にも落ち度があったか)
  2. 嗅覚を失ったことで、将来の収入がどれだけ減ると考えるか(後遺障害逸失利益)
  3. 後遺障害に対する慰謝料をいくらにするか

裁判所は、料理人としての将来を断たれたことを正面から評価し、嗅覚障害による収入減少を認めました。最終的な認容額は約1236万円(既払い分を差し引いた後の額)です。

① 過失割合は「タクシー95:バイク5」

事故は、右折禁止を無視した上、前方をよく見ていなかったタクシー運転手の過失によるものとされました。ただし、交差点を通る運転者には一般的な注意義務があり、タクシーの前照灯も点いていたことから、バイク側にもわずか5%の過失が認められました(加害者側は10〜15%を主張)。

② 嗅覚を失ったことによる収入減少は「14%、定年まで38年間」

加害者側(タクシー会社とその保険組合)は「嗅覚脱失で収入が減るとは一般に認めにくい。焼き鳥店の店員なら影響はほとんどない。認めるとしてもせいぜい7〜10%」と反論しました。

これに対し裁判所は、男性が和食店の開店を夢見、店主の了解も得てその前提で修行していた事実を認め、「和食の飲食店の開店に不可欠ともいえる嗅覚」を失ったと評価しました。その結果、嗅覚脱失(12級)の目安どおり労働能力の14%を失ったと判断し、加害者側の「ほとんど影響なし」という主張を退けました。

一方、歯の障害と顔の傷あとについては、「将来の労働能力を失ったとまではいえない」として収入減少は認められませんでした。そのため、併合等級は11級でも、喪失率は11級の目安(20%)ではなく12級の14%となっています。

③ 後遺障害慰謝料は「500万円」

「将来の夢であった和食店の開店を断念せざるを得ず、調理人として生きていくこともできなくなった」ことが考慮され、11級の一般的な目安(いわゆる赤い本基準で420万円)を上回る額が認められました。

項目被害者の請求加害者側の主張裁判所の判断
過失割合(バイク側)0%10〜15%5%
労働能力喪失率20%7〜10%(そもそも否定)14%
後遺障害逸失利益約1353万円―約947万円
後遺障害慰謝料546万円増額不要500万円

逸失利益の計算式:年収401万円 × 喪失率14% × 38年分の係数16.8679(将来分を一括で受け取るための利息調整後の数字)≒ 946万9639円

1. 嗅覚障害でも、仕事への影響が具体的なら収入減少は認められる

嗅覚障害は「一般的な仕事なら影響は小さい」と反論されがちです。この裁判例では、料理人という嗅覚が欠かせない仕事だったことが決め手になり、目安どおりの14%が認められました。調理師、ソムリエ、香料・化粧品の開発者、ガスや化学物質を扱う職種などは、特にこの点を強く主張すべきです。

2. 「将来の夢」も、裏付けがあれば評価される

裁判所が重視したのは、男性が店主の了解を得て独立を前提に働いていたことや、日本酒ソムリエを目指していたことなど、夢に向けた具体的な努力です。「いつか店を開きたかった」という言葉だけでは不十分で、それを示す証拠や周囲の証言が重要になります。また、こうした事情は慰謝料の増額にもつながりました。

3. 客観的な検査結果が土台になる

この事件では、頭部CTの所見、アリナミンテスト、嗅覚検査の結果がそろっていたため、嗅覚脱失そのものは争いになりませんでした。「においがしない」という自覚症状だけでは後遺障害と認められにくいため、検査を受けておくことが何より大切です。

  1. 早めに医師に伝える:頭や顔のケガの治療中は、においの異常が見落とされがちです。気づいたらすぐに主治医に伝え、カルテに記録してもらいましょう。事故から時間がたつと「事故と関係があるのか」と疑われやすくなります。
  2. 耳鼻咽喉科で検査を受ける:T&Tオルファクトメーターやアリナミンテストなどの客観的な検査を受け、結果を後遺障害診断書に記載してもらいましょう。頭部CT・MRIの画像も大切な資料です。
  3. 仕事への影響を示す資料を集める:勤務先の業務内容、資格の勉強や開業準備の記録、職場の上司や同僚の証言など、「嗅覚が仕事にどう関わっていたか」を示せるものを残しておきましょう。
  4. 示談に応じる前に弁護士に相談する:保険会社の示談案では、嗅覚障害の逸失利益が低く算定されたり、そもそも認められなかったりすることがあります。自動車保険に弁護士費用特約が付いていれば、自己負担なく依頼できる場合も多いので、確認してみてください。

嗅覚障害は外から見えにくく、「仕事には影響しない」と軽く扱われがちな後遺障害です。しかし、今回の裁判例のように、客観的な検査結果と、嗅覚が仕事や将来設計に不可欠だったことを丁寧に立証すれば、適正な賠償を受けられる可能性があります。

交通事故の後ににおいや味の異常を感じている方は、早めに専門家へご相談ください。

※本記事は一般的な情報提供を目的としたものです。個別の事案では事情により結論が異なります。また、本判決は民法改正(2020年4月施行)前の事故のため、遅延損害金や逸失利益の計算に用いる法定利率は年5%です(2020年4月以降の事故は年3%で、2026年4月の見直しでも年3%に据え置かれています。利率が下がると将来分から差し引かれる利息が小さくなるため、本件と同じ条件でも、現在の利率なら逸失利益は約1263万円と計算されます)。

参考裁判例:東京地判平成25年11月13日(平成25年(ワ)第854号)交民46巻6号1437頁、自保ジャーナル1915号70頁

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