- 醜状痕(損害賠償総額1830万円)
- 子供の自転車事故と保護者の民事責任(3500万円余りの親の責任が認められた、神戸地判H25・7・4を参考に)
- 眼・後遺症(損害賠償総額1500万円)
- 指・後遺症(損害賠償総額・手小指640万円・足母指1100万円)
- 子供の事故(損害賠償総額600万円・治療費除く)
- 死亡慰謝料(損害賠償総額3200万円)
- 頸椎捻挫(損害賠償総額320万円・360万円)
- むち打ち症で12級が認められた事例(逸失利益/事例①1970万円・事例②752万円)
- 保険会社からの提示が適正かのご相談に来られて提示額の270%を獲得したケース
- 死亡交通事故・逸失利益6921万円(広地H10.1.23)
高次脳機能障害で7級4号が認められた事例(逸失利益4326万円・後遺障害慰謝料1000万円)
第1 はじめに
高次脳機能障害が認定されると、被害者の生活は大きく変わります。例えば、記憶力や注意力の低下・感情の制御の難しさにより、就労能力や日常生活の自立に深刻な影響を及ぼします(他の様々な症状についてはこちらhttps://kawanishiikeda-law-jiko.com/higherbraindysfunction/)。裁判例においても、高次脳機能障害が認定されるかどうかは損害賠償額を左右する重要な要素です。具体的には、各損害項目のうち後遺症による逸失利益・後遺障害慰謝料などに影響を与えます。
本稿では、高次脳機能障害が7級4号に該当するとされた東京高判令和7年7月23日(逸失利益:4326万円、後遺障害慰謝料1000万円が認められた事例)を紹介します。
第2 裁判例の紹介
1 事案の概要と争点
⑴ 原告(事故当時25歳・男性・専門学校卒業)が原動機付自転車を運転中に、被告が被告会社の業務のために運転していた大型貨物自動車と衝突した交通事故に関する事案です。
⑵ 本件の主な争点としては、①高次脳機能障害の残存の有無及びその程度、②後遺障害による逸失利益の算定の基礎となる労働能力喪失率、基礎収入及び労働能力喪失期間、③後遺障害による逸失利益に係る定期金による賠償の可否でした。本稿では、①に焦点を当てて解説しますので、②・③については以下で簡単に説明します。
⑶ ②については、基礎賃金として賃金センサスが適用されるかが争点となりましたが、裁判所は原告の本件事故直前の収入が平成28年の賃金センサスの3分の1であったこと等を指摘した上で、「本件事故がなければ、平成30年の賃金センサス・男性・学歴計・全年齢の558万4500円の収入を得られていたことの蓋然性を認めることは困難である」としましたが、「原告は、本件事故当時、いまだ25歳と若年であったこと、原告はピアノ調律師を養成する専門学校を卒業した後、短期間とはいえ、ピアノの調律を業とする会社で勤務していたことがあること、その後平成24年10月中旬から平成25年3月末までの間、派遣社員として携帯電話の販売等に従事し、その間、平均月額28万7399円の給与収入を得ていたところ、これは平成25年の賃金センサスの男性・学歴計・20~24歳の平均月収23万0800円を上回っていたことを考慮すると、原告の後遺障害逸失利益を算定する基礎収入としては、平成30年の賃金センサス男性・学歴計・全年齢の558万4500円の8割である446万7600円と認めるのが相当である」と判断しました。そして、裁判所は上記基礎収入を基に後遺障害による逸失利益は4326万8098円【446万7500円(基礎収入)×56%(労働能力喪失率)×17.2944(労働能力喪失期間41年に対応する5%のライプニッツ係数)】であると認定しました。
高次脳機能障害の場合、③の主張がされることが多いのですが、裁判所は「原告の後遺障害の程度、賃金水準その他の事情に著しい変更が生じ、算定した逸失利益の額と現実化下逸失利益の額との間に大きな乖離が生じる可能性が高いとは認められず、民訴法117条によりその是正を図ることができるようにする必要性があるとはいえない」という理由でこれを否定しました。
2 当事者の主張
⑴ 原告の主張
事故直後意識障害があったこと、神経症状が存在したこと、平成29年4月実施の神経心理学的検査(CAT[1]・WAIS[2])の結果がいずれも平均値を下回ったことに鑑みれば、7級4号に該当する高次脳機能障害が残存していると主張しました。なお、損害保険料算出機構は原告の後遺障害等級を併合7級と認定していました。
⑵ 被告の主張
原告が他人と5年近く同居生活ができていることやピアノの調律に関わる仕事にも就くことができたことによれば高次脳機能障害が残存しているとは認められないと主張しました。また、仮に残存しているとしても、頭部外傷に伴う認知・情緒・行動の障害が認められていないため、後遺障害等級は12級が相当であり、原告に最大限有利に斟酌するとしても9級に該当するにすぎないと主張しました。
3 裁判所の判断
⑴ 裁判所は判断するにあたって、以下の事実を認定しました。
① 本件事故後の原告の脳画像所見
事故当日の頭部CT・MRI検査の画像所見上、脳梁の損傷は認められなかったものの、脳幹に微小出血が認められ、右大脳白質にも多発性の微小出血が認められ、原告にはびまん性軸索損傷[3]が生じたものと認められた。
② 本件事故後の原告の意識障害
一般に脳外傷に起因する意識障害が重度で持続時間が長いほど高次脳機能障害が生じる可能性が高いとされている。JCS(3桁は重症)の数値は「事故発生から12分後:300⇒事故発生から約1時間後:100」となっており、GCS(9~12点が中等症、13点以上は軽症)の数値は「事故発生から約8時間後:10⇒事故発生から14時間後:14」となっていた。
③ 本件事故の原告の神経症状
脳神経外科専門医作成の医学意見書において、原告に高次脳機能障害が残存しているとの所見が示されている。また、医師の作成した後遺障害診断書には、以下の記載がある。
| 傷病名 | 脳外傷による高次脳機能障害・器質性パーソナリティー障害・器質性健忘症候群 |
| 自覚症状 | ふとした物忘れ・疲れやすい・注意力が足りない・急にカッとなってケンカになってしまう |
| 神経の障害 | 高次脳機能障害として実質的な易疲労性・注意障害・意識障害 |
④ 神経心理学的検査
CATの検査結果は、同時処理能力をテストするSDMTとPASATで境界値を下回っていた(下位5%の値)。また、平成29年4月に実施したWAISの検査結果は、「言語性IQ:95、動作性IQ:91、全検査IQ:93」で平均の下であった。他方で、平成29年11月に実施したWAISの検査結果は「言語性IQ:95、動作性IQ:91、全検査IQ:93」でいずれも平均であった。
⑤ 本件事故の前後における生活状況・就労状況
| 就労状況 | その他 | |
| 平成24年10月中旬~平成25年3月末 | 携帯電話の販売等に従事 | |
| 平成25年4月~事故前 | アルバイトとして新聞配達業務に従事 | |
| 平成29年2月18日(事故発生日) | ||
| 平成29年10月25日 | 同居していた男性に全治まで約1週間を要する顔面打撲の傷害を負わせる事件を起こした。 | |
| 平成30年10月頃 | 居酒屋のアルバイト *1日しか出勤せず | |
| 令和元年末頃~令和3年3月頃 | 新聞販売店において、月に1・2回程度、アルバイトとして電話番や事務的な雑用等の業務に従事 | |
| 令和3年4月 | 自動車運転免許を取得 | |
| 令和3年4月~令和4年3月 | ピアノ調律師を養成する専門学校に再入学 *20歳前後の女性の在学生とエレベーターで二人きりになった際、「きれいな服ですね。僕はそういう色のパンツが好きなんですよね。」と口走ることがあった | |
| 令和4年1月 | ピアノの調律等を業とする会社に業務委託として採用された *令和4年12月、グランドピアノを開梱する作業の際に、グローブを手首に固定するマジックテープを着け忘れ、グランドピアノを転倒させ、一緒に作業を行っていた同僚がグランドピアノと床の間に挟まれるという事故が発生した | |
| 令和5年3月16日 | 契約社員としてピアノの調律等を業とする会社に入社 | |
| 令和5年10月15日 | 原告の反抗的な態度を理由として同契約が更新されず、原告は、期間満了により上記会社を退職した。 |
⑵ 裁判所の判示事項
「前記認定事実を総合考慮すれば、原告には、本件事故により受傷した脳外傷に起因する高次脳機能障害が残存しているものと認められる。」(高次脳機能障害の残存の有無についての判示事項)
「…神経心理学的検査においては、基準値を下回る結果が出ているものの、症状固定日により近い日付に実施されたWAISの結果は、いずれも平均と評価される値であった。また、原告は、令和3年4月には自動車運転免許を取得するとともにピアノ調律師を養成する専門学校に再入学し、現在、食事、風呂、着替え、外出、買い物等、基本的な生活は、全く問題がないわけではないものの、介助なく自力で行うことができている。しかしながら、他方において、原告は、本件事故後、同居していた男性の顔面を殴打する傷害事件を起こしたり、他人に対して不適切な発言をしたり、不注意でグランドピアノを転倒させる事故を起こしたり、上司に対して反抗的な態度を取ったりしているほか、浪費傾向もみられる。これらは、高次脳機能障害に伴う注意障害、脱抑制、易怒性による対人コミュニケーション障害、社会的行動障害によるものと認められる…。このような原告の対人コミュニケーション障害、社会的行動障害の程度に鑑みれば、原告が服することのできる労務は相当大きく制限され、軽易な労務以外の労務に服することは困難であると評価せざるを得ない。これらの事情を総合考慮すれば、原告に残存する高次脳機能障害は、後遺障害等級に定める7級4号に該当する後遺障害であると認めるのが相当である。」(高次脳機能障害の程度についての判示事項)
4 裁判所の判断に対する考察
⑴ 本件裁判例は、結果として損害保険料率算出機構が認定した等級と同じ等級を認定している(いずれも後遺障害等級7級と判断しました)ため、裁判所は損害保険料率算出機構の判断について合理性を欠くものではないと評価したと思われます。もっとも、損害保険料率算出機構の等級認定に関する理由は明らかでないので、以下では裁判所の等級認定に関する理由を考察します。
⑵ 本件裁判例は、①本件事故後の原告の脳画像所見、②本件事故後の原告の意識障害、③本件事故の原告の神経症状、④神経心理学的検査、⑤本件事故の前後における生活状況・就労状況に関する事実を認定しております。では、本件裁判例は認定事実①~⑤についてどのような評価をしているのでしょうか。
ア 裁判例は「前記認定事実を総合考慮すれば」と表現しており、認定事実①~⑤に関してどのような評価を下しているかは明らかではありません。もっとも、近時の裁判例がとりわけ「意識障害」と「画像所見」が重要視して高次脳機能障害の等級認定を行っている(詳しくはこちらhttps://kawanishiikeda-law-jiko.com/高次脳機能障害に関する注意点)ことに鑑みると、当該裁判例の認定事実のうち、「頭部CT・MRI検査の画像所見上、原告にはびまん性軸索損傷が生じたものと認められた」という事実と「原告の意識障害が重症であった」という事実が高次脳機能障害を認定する重要な事実であるのかもしれません。
イ また、裁判所が「WAISの結果は、いずれも平均と評価される値」であり、「基本的な生活は、全く問題がないわけではないものの、介助なく自力で行うことができている」としながらも、「原告の対人コミュニケーション障害、社会的行動障害の程度に鑑みれば、原告が服することのできる労務は相当大きく制限され、軽易な労務以外の労務に服することは困難であると評価せざるを得ない。」と述べた点にも着目するべきでしょう。
これは、社会生活上の行動や対人関係において生じていた問題が、まさに高次脳機能障害の典型的な症状に当てはまっていたことを認定している部分であったと思われます。つまり、「症状の残存」の有無を判断する際には、就労状況や生活状況に関する事情が重要になると思われます。それゆえ、被害者としてはそれらの事情を立証するための資料を収集しておく(例えば、メモ帳に「〇月×日:自宅で点火したストーブの火を消し忘れた」、「■月▲日:車のトランクを開けて荷物を入れたが、その後トランクを閉めずに車を発進させた」等のエピソードを書き残したり、高次脳機能障害の症状が発症している様子をスマホで撮影することなどが考えられます。)ことも重要になるのかもしれません。
以上
[1] CAT(Clinical Assessment for Attention:標準注意検査法)は、日本高次脳機能障害学会 Brain Function Test 委員会が作成した、注意機能を体系的に評価する標準検査です。
注意の下位機能(持続・選択・転換など)を多面的に測定し、臨床介入や経過評価に役立つ信頼性の高いツールとして位置づけられています。
[2]「言語理解」、「知覚推理」、「ワーキングメモリー」、「処理速度」という4つの指標とこれらを総合した『全検査IQ(FSIQ)』を測定する知能検査です。例えば、語彙の意味を答える、パズルを完成させる、数字を暗記する、記号を書き写す…といった様々な問題が出題されます。
[3] びまん性軸索損傷は、記憶力、注意力、言語能力に影響を及ぼして、高次脳機能障害を引き起こすことがあります。例えば、呼びかけに応じなかったり、会話のつじつまが合わなかったりする場合などがあります。



